子供たちからの声

このサイトは、紀藤弁護士・HTPのメンバーたちのために、言われもない虐待の疑いをかけられた子供が、
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また、この事件のように法律を利用した事件について考えていくサイトです

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第五-22

55. 平成16年1月17日 東京 中野ゼロホールでのMASAYAコンサートの帰り、私と妹1は何人かのスタッフと共に、地下駐車場の車の中で他のスタッフを待っていました。
すると、向こうから見覚えのあるYyと思われる女性とスーツ姿の男がMASAYAさんの車(当時、トヨタのマジェスタに乗っていました)に近づき、写真を撮り始めました。気がついた私達は、「Yy? 一体何をやっているんだろう?」、「もしかして、あれはYyさんじゃないの?」、「一体何をしているんだろう?」と不思議に思い、何人かのスタッフが見に行こうと車を出た途端、その2人はさっと姿を消しました。暫くすると、2人は車に乗って、私達の目の前を通り過ぎてゆきました。私達は人に隠れるようにMASAYAさんの車の写真を撮ってゆく、そんな2人の様子に、「あれは一体何だったのかな。」と私は、目を疑いました。あの女性は本当にYyさんなのだろうかと訝りました。
私の知っているYyならする筈のない、隠し撮りのような、敵そのもののような行動でした。
それから1ヵ月くらいたった2月のある日、夜中の1時頃に、突然私の携帯電話に、私の知らない番号から電話がかかってきました。私は、「誰?こんな時間に。知らない番号だ。こんな夜遅くだから、出ないほうがいいかな。」と思って、しばらく無視していると、コールはやみました。
しかし、また同じ番号から電話がかかってきます。こんな時間に気持ちが悪いなとちょっと怖くなりましたが、「間違い電話かな?」と思い、また暫く放っておくと、コールがやみました。しかし、また暫くすると同じ番号からコールが鳴り響きます。
「しつこいな。いったい何のつもりなんだろう。怖いな。」と思った私は近くにいたスタッフの方に電話に出たほうが良いか、相談しました。危ないから、しばらく様子を見たほうがいい。とのアドバイスを受け、私はマナーモードに切り替え、様子を見ました。
しかし、コールはまったく止みません。鳴っては止み、鳴っては止み、を異常に繰り返します。
怖くなった私は電源を切りました。10分ほど経って、「そろそろ大丈夫かな?」と思った私は電源をONにしました。すると、またしても同じ番号から着信がありました。もう、30回以上ものコールが続いています。これは尋常ではありません。
「なにこれ!私に何の用だって言うわけ?!?!?!」と動揺する私に、周囲の大人の人達は心配して、とりあえず番号を控えて、母の知り合いではないかと、明日確認することにしました。最後の着信は、もう午前3時を過ぎていました。
翌日のお昼頃、またあの番号からの着信です。頭にきた私はついに電話に出ました。あんな非常識な時間帯に何度も何度もかけてくる輩ですから、どんな変質者かわかりません。だから、私はドスの効いた声で「はい。」とだけ言いました。
電話の相手は「…あれ?BKさんですか?これ、BKさんの携帯ですよね?」と、素っ頓狂な声をあげるKkでした。私の携帯電話は、以前母が持っていたものでしたので、Kkは母と間違えて電話をしていたようでした。母と連絡がとりたかったようです。「Kkさん??ビックリしたじゃないですか、あんな夜中に。一体どうしたんですか??」、「いや、お母さんと話がしたくってね。どこにかけたらいいかなー。と思ってかけたんだけど。そっか、いまこの番号はブーちゃんマンが持ってるんだね。」
Kkは母の連絡先を聞いてきたので、母からかけなおしますと言って、電話を切りました。私は、この出来事を母とぶたママさんに伝えました。母は、昨晩のKkの異常な時間の電話に驚いて、「ちょっと連絡してみるわ。心配かけてごめんね。」と言いました。
ぶたママさんは、Kkの怪しい言動に「他に何も聞かれなかったの?」と聞いてきましたので、私はKkと話した内容をぶたママさんに伝えました。
私は、なんだか最近、変なことが多いな、一体どうしたんだろうと、心のざわめきを感じていました。
Yyにしても、Kkにしても、少なからず知り合いでしたから、そんな人がいったい何を考えているのかなと思いました。
まさか、これが、自分達や大切な人達の幸せを奪う、大きな事件へ発展する前触れだったとは、その時夢にも思いませんでした。

そして、平成16年4月6日、事件の始まる前日を迎えます。私はホームオブハートの配送センターに一人でぶたママさんと一緒に来ていました。理由は、ぶたママさんのところで、お手伝いをするためです。普段は大体妹1も一緒に来ることが多いのですが、今回はいかない、とのことでしたので、妹達とMEちゃんはハイランドのオフィスにいました。
夜、母の勤める屋久島のホテルに、不審な客が泊まっていたと、母とスタッフのKさんから本社に連絡が入り、気持ち悪がっていました。それと同時にトシオフィスのTOSHIさんのイベント先にも「虐待についてどう思うか」と乱暴に取材をしようとする記者が来たという情報も入っていたようでした。
ぶたママさんも、スタッフの皆も緊急ミーティングを開き、外に人がいないか警戒し、見回りに行く人もいたそうですが、私はいたって普通に過ごし、いつもどおりに休みました。そして、4月7日の朝を迎えることになります。以上が、私達家族と株式会社ホームオブハートとの出会い、そして一時保護所へ連れて行かれる日までの、私が知っていることです。



第五-23へつづく

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最終更新:12月18日

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