子供たちからの声

このサイトは、紀藤弁護士・HTPのメンバーたちのために、言われもない虐待の疑いをかけられた子供が、
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また、この事件のように法律を利用した事件について考えていくサイトです

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第五-33

75 4月23日、途中になっていた心理テストの続きを受けました。
すべてのテストが終わり、「お疲れ様。」というITさんに、「やっと、終わりましたね。早く結果を出して、早く私達をここから出してくださいね。」と言い、面会を終えました。

76 4月29日、この日、私は久々に夢を見ました。夢の中で、私は妹1とシャーマンを連れて保護所の前に立っていました。外は真っ暗で夜のようです。また、保護所での普段着であるジャージ姿ではなくて、保護されたときの服装をしていました。夢の中で、私は2人を連れて歩き出していました。途中、カメラマンに見つかりそうになり、そのたびに私達は必死で逃げました。夜通し歩き続けて、夜が明けてきた頃、なんと私達3人はあの懐かしい株式会社ホームオブハートの家の前に立っていました。ドアが開き、母やぶたママさん、MASAYAさんが驚いた顔で出てきました。私達は急いで駆け寄りましたが、そこで、目が覚めてしまいました。もっとその夢の中にいたかった。
私は夢だったことに愕然としましたが、たとえ夢でも、皆のもとへ帰ることが出来たことに希望を持って、妹1とシャーマンにこの夢のことを話しました。そうでもしないかぎり、私達には何の希望も喜びも無い毎日でしたから、このような些細なことですら、希望を持てる一筋の光でした。
妹1もシャーマンも「ひょっとしたら予知夢じゃないの?」と、とても喜んでくれました。 私は、この間、A学園に行ってしまったあの子のように、自分達もどこかに連れて行かれる前に、「この夢のように、皆で保護所を脱走して帰ろうね。」と言うと、2人とも大賛成し、監視カメラ・センサーが働いている保護所をどうやって脱出するか、必死に皆で探し回ったりもしました。そんなことは、笑われることかもしれません。できないことかも知れません。
しかし、私たちのことを調査する、肝心の児童相談所の人たちの全員が私達のことを虐待された児童だと信じ切ったところから調査をしている以上、私たちは本気でしたし、私たちが正義でした。そうしないと事実無根のことでこのままではA学園に行くことになってしまったりするかもしれない。こちらから討ってでない限り、家に帰る道は開けないと、真剣に思っていました。

77 4月30日の朝、私達3人は課長さんに呼び出され、今日母と面会できることを告げられました。
前日の夢が現実になってきた!と、私達は喜びました。
母がシャーマンのお母さんと児童相談所のAK課長、ケースワーカーのTNさんと共に保護所へ到着したのは夕方過ぎ、夕食の直前でした。私と妹1は、久々の母との対面に、涙がでて止まりませんでした。ぶたママさん、MASAYAさん、スタッフの方々の様子や、みんなからの伝言を母から教えて貰い、また涙が出ました。
しかし、母は悲しい表情で、私の祖父母が、あの紀藤弁護士に会いに行ったらしいんだよと、私達に言いました。
私も妹1も、今私たちをこんな目に遭わせている紀藤弁護士に、祖父母が会いに行っていたなんて、と信じられませんでした。
私のことを何とかして自分の手元に連れてゆこうとした祖父母のことです。
私と妹1を自分達のもとで暮らさせることが出来るならと、何か企んでいるのかも知れない、それに児童虐待などありもしないのにあると言っている人です、祖父母に何と言って誘い出したのか、祖父母が信じ込んでしまうこともあるかも知れないと、私は深い深い溜め息をつきました。何にもなくても、私たちを保護させてしまう嘘を、平気で押し通す者達です。
あの、にやけた顔の弁護士が、祖父母を言いくるめることくらいは、訳はないかも知れません(でも、後から祖父母達は会った後、あの弁護士達はただの金取りだよと、誘いには乗らずに冷静に実は帰ってきていたことを聞きました。じいちゃん、ばあちゃん、よくやったと言いたい私でした。)。
30分ぐらい経った頃、私達が話している間にも、頻りに腕時計を見ていたTNケースワーカーが、「じゃあ、BKさん、そろそろ行きましょう。」と言い、立ち上がりました。母は、この後に下の妹が入れられている「乳児院」に行って、下の妹と会うそうです。
「このままいっしょに帰りたい。」そう、私はTNケースワーカーに言いました。
私は、一時保護されてから一度も下の妹に会っていません。下の妹と一緒にいた妹1から、児相の人に連れて行かれる直前までTOSHIさんの奥さんが抱いてあやしていたこと、児童相談所の女性職員に下の妹を渡すように言われ、出山香さんは「あなた達はこれまでに実際に虐待されている子供達を見ているのだから、この子達を見て、どんなに幸せに暮らしているか位、わかるでしょう!」と言い、決して下の妹のことを離さずにいると、職員達から「あなたを逮捕しますよ。」とまで言われて連れて行かれたこと。ホームオブハートのスタッフの人から、「警察や、児童相談所が悪いことをするわけが無い。誤解が解ければすぐに帰ってこれるだろうから。」と下の妹を渡すように言われ、出山香さんは下の妹は自分の子供でもなく、自分の会社でもないしと、泣き腫らしながら、下の妹を渡したそうです。あんなに可愛がってくれた出山香さんです、その後何ヶ月も帰ってこれない結果に、どれほど傷ついたことでしょうか。
妹1が車に乗せられるとき、児童相談所の職員に抱かれた下の妹は、不安な顔をして、「クスン、クスン」と泣いていたそうです。
そんな下の妹を見て、妹1は何とか車の中で下の妹を元気付けようとしたが、途中で下の妹とT君は検査のために日赤病院に連れて行かれてしまった、自分は何にも出来なくて、下の妹がとても可哀想だった。ということを聞きました。
皆の輪の中で育ってきた小さな妹が、一人だけで、突然知らない人に連れ去られて、一人ぼっちで病院の検査を受けさせられていること、きっと、私たちと同じように母やぶたママさんたちとの面会なんてさせてもらえないんだろう。
下の妹はあの小さな目で周りの大人たちをどんな風に見ているだろう。
きっと怖がっているのに、何もできないお姉ちゃんで本当にごめんねと、常々悔やんでいました。
ですから私も母と一緒に下の妹に会いに行きたかった。そして早くつれて帰りたかった。
せめて、「絶対におうちに帰れるからね。」と声だけでもかけたかった。

でも叶わない。

「いやいや、ブーちゃんマンたちはまだ帰れないよ。」とTNケースワーカーは手を振り、「それでは、BKさん。」と母を促しました。
母は暗い表情で、渋々立ち上がり、私と妹1を強く抱きしめて、「頑張ってね。」と声を掛けました。
せめて、母の思いに答え、ここで精一杯がんばろう。そう思って、母達を見送りました。
この思いこそは、いつか、きっと、正々堂々と晴らしてやる、そう思って、です。



第五-34へつづく

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最終更新:12月18日

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