子供たちからの声

このサイトは、紀藤弁護士・HTPのメンバーたちのために、言われもない虐待の疑いをかけられた子供が、
日本中の沢山の人々に真実を伝えるために、立ち上げました。
また、この事件のように法律を利用した事件について考えていくサイトです

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第五-46

95 平成16年6月11日、私たち親子3人と、シャーマン、シャーマンのお母さんの5人で、黒磯警察へ向かいました。建物内で、私たちとシャーマンたちは別々の部屋に分かれ、事情聴取を受けました。この日は、妹1と母が事情聴取を受けました。私はまた別の日に行うとのことで、私は同じ室内の少し離れた場所に席を設けてもらい、妹1と母の聴取を聞きながら、たまに補足をする形でした。妹1の聴取を担当したのは、生活安全課派遣警察本部少年課のFさん、母は同じ少年課のTK係長さんが担当になりました。最初に、妹1の聴取が始まりました。妹1の聴取内容は主にこんなものでした。

F「学校にどうして行かなかったのか。」
妹1「学校は最初から行かなかったし、行きたくなかった。」
F「それでは細かいこと聞いていいですか?まず下の妹ちゃんのことですが、お世話は妹1ちゃんがしていましたか?」
妹1「いいえ大人の人に看護婦さんがいて、主にその人がしていました。」
F「オムツとか何回か変えたことある?」
妹1「1回やってみたくて、やらせてもらったことはある。」
F「オムツは紙おむつ?」
妹1「はい。別に私が毎日下の妹のお世話をしていたわけではないんです。あいつら(紀藤弁護士ら)の言うことは全部嘘なんです。信じないでください!!」
F「信じていない。事実を聞きたいだけで、中立に捜査したいだけなんだ。」

そして下の妹の年齢のことを聞かれました。妹1は1歳4ヶ月ですと答えました。

F「なんか段ボールに入れられていると聞いたのですが…」
妹1「そんなことありません!!!手作りのベビーサークルに入っているんです!!」
F「では箱に入れたこともありますか??」
妹1「ないです!!」
F「(ベビーサークルとは)どんな形ですか?」
母「要するに子供部屋の壁と窓ガラスがあって、そこに手作りの仕切りをつけていたんです。折りたたみ式で、寝るときはそれをはずして、布団を敷いて、看護婦のSさんと一緒に寝ていました。たまに妹1が一緒に寝ていたこともありました。」
F「どんな素材ですか?それは木で出来ているのですか?」
BK&妹1「木ではないです。発泡スチロールよりも丈夫な板で、「ミラパネ」という素材です。」
F「ミルクとかもあげたことある?なんか赤ちゃんのミルクって正確に測って溶かしたりしたの?」
妹1「ミルクは作ったことはない。牧枝さんが作ったものをあげたことはあるけれど牧枝さんが見ているところであげました。」
F「監禁罪だとか言われていますが、そのことについてはどうですか?」
妹1「監禁なんかされてなくて、いつも楽しく過ごしていました。」
母「(下の妹には)牧枝さんがいつもそばについていましたから。」
F「特に誰が面倒を見ていたの?」
母「私がいるときは私が見ていましたが、だいたいは牧枝さんとTOSHIさんの奥さんが遊びに来たときに奥さんがとてもかわいがってくれていました。子供がいない夫婦なので、まるで自分の子のようにかわいがっていました。Iちゃん(注:妹1のことです)も年も離れた妹なのでとてもかわいがっていました。でも、姉が妹のお世話をすることは普通のことではないですか?それに赤ちゃんのお世話を24時間、小柄な妹1が一人で出来るなんて思いますか?」
F「それは無理だと思いますね。」
F「どうしてお母さんと離れて暮らしていたの?お母さんがキライだったの?」
妹1「いいえ、お母さんは大好きなんだけど、麻布のコンサートに行くようになってからこっちに行くようになった。」ここで私も、「学校にも行ってなかったし、行く気もなかったし、高校とかも行く気はありません。麻布と屋久島を行ったりきたりしているうちに麻布の生活が楽しくてこっちにいるようになりました。」
と、補足をしました。
母「屋久島のホテルではお客さんが来ると、子供達は暇になってしまうし、1日缶詰になってしまうんです。私たちはベッドメーキングやら観光のガイドやらで忙しくなってしまいますから。」
F「お部屋は(寮は)どこなんですか?」
BK「ホテルの敷地内のレストランの2階に社員寮があって、隣同士の部屋で住んでました。」
F「そういえば、妹1さんたちのお小遣いはいくらぐらいでしたか?」
妹1「時によって(金額は)バラバラなんですが、700円ぐらいもらってて、いつも買い物につれてってもらったのでそのときに使った。」
F「どんなもの買ってたの?」
妹1「お菓子!!!!」
F「どこで買ってたの?」
妹1「マックスバリューーー!!」
F「一人で行くの?歩いていくの?」
妹1「違います。スタッフの人に車に乗せてもらって行ってました。そこで、靴とか洋服とかも買ってもらっていました。」
F「どんなお菓子が好き?」
妹1「チョコレートなら何でも」
F「これは絶対に譲れないって物はある?」
妹1「別にない。」
F「スナック菓子では譲れないものは?」
妹1「とんがりコーンとか、かなぁ?」
F「テレビとかはあるの?」
妹1「あるけど、あまり見ない。」
F「お小遣いは誰にもらっていたの?」
妹1「ぶたママさんです。」
F「レクチャーみたいなのに参加した事はある?」
妹1「ない」
母「レクチャーというのは「講演会」ということなんです。Yyは同時通訳者なのでそういう言葉によく反応するんですが。」
F&TK係長「「レクチャー」もそうなんですけど、「シェア」とか、ぼくら分からない言葉が多いんです。」
母「屋久島ではコンサートのときに一緒にレクチャーいわゆる「講演会」があって、本当にMASAYAさんの音楽が好きなお客さんだけがお金を払って、参加するものなんです。Yyたちも最初はお客様で屋久島のコンサートにきていました。Yyさんはお友達を2人連れて来ていました。」
F「羽鳥湖とかではやっていましたか?」
母「羽鳥湖や那須の美術館や屋久島のホテルではトシオフィスの研修のひとつとしてYyたちは参加して、ペンキを塗ったり花壇を作ったりしていました。」
F「那須美術館の美術館はこの間見に行ったんだけど、チェーンがかかっていて、そのまま戻ってきてしまった。一度は見に行きたい。」
母「この騒ぎで屋久島も那須も閉鎖してしまったんです。」
F「ええ!!!?」と、Fさん、TK係長さんは、このことにはとても驚いていました。でもそれが実際です。あのでっち上げの児童虐待騒動を日本国中に言いふらされては、誰が営業なんかできるでしょう。誰が、児童虐待をしている会社のホテルになんか、リゾートにいけるでしょうか。屋久島で働いていた母も、あの騒動で私たちを児童相談所から取り返すのに、屋久島でホテルのベッドメーキングなんかをしていることが出来る筈もありません。私たちは、この事件がどれほど実体のないウソなのか、何も悪いことなどしていない、なのにでっち上げのウソを作られて、ホテルも美術館を閉鎖することになったことを、説明しました。

このときにはもう、Fさんたちは、「・・・そうでしたか。」と、この事件の実際をよく理解して下さったと思います。

F「コンサートのときに、強制的に妹1さんが“森のお菓子屋さん”をやらされていたとか、お菓子をコンサートとかで売ったことがある?無理やり買わされてかわいそうだから買ってあげたと言っている人がいるのですが、どうなんですか?」
妹1「お菓子を作ることは好きでしたが、コンサートではそんなことしていません。スタッフの人に食べてもらったりはしたことはあったけど。」
F「コンサートでは“露店”みたいなのをやっているんですか?」
母「MASAYAのコンサートというのは、本当に愛しい人を亡くした人たちや哀しみや愛しさを抱きしめるような、安らぎの美しいコンサートなんです。そのようなものではないです。」
F「話が変わるけど、Bさんっているよね?仲良しなんですか?」
妹1「まぁ好きです。」
F「MEちゃんは「天敵」とか?」
妹1「?!違います!大の仲良しです!!」
母「麻布のときから、MEちゃんはまだ小さかったけれどIちゃんのことが大好きでしたよ。」
まさか「天敵」などという言葉が出るなんて!と、私と妹1は驚きました。いかにMEちゃんと仲が良かったか、それなのに、児相に連れ去られて、離れ離れになってどんなに悲しい思いをしているか、妹1も私もFさんには言いました。

他にも、妹1はハイランドでの生活のこと、ご飯のこと、公園や遊園地に遊びに行くことがあったか、などの質問をされていました。そんな普通のことを、なぜ質問されなきゃいけないのかと、妹1はびっくりしていました。
妹1「すべて、本当に自由にさせてもらっていた、本当に幸せだった。保護所に連れて行かれたときは、もう二度とみんなに会えなくなってしまうのではないかって、ずっと泣いていたんです!!」
と、妹1が自分の気持ちをFさんに言っているのをそばで聞いていて、私は本当にこの事件の首謀者が何をしたのか、いつか調べ上げ、あくどさを絶対許すものかと思いました。
だいたいここで、妹1の聴取が終わり、続いて母の事情聴取を始めました。TK係長さんが退席することが多かったので、妹1に引き続き、Fさんが質問をするような形で、スタートしていました。これまでの暮らしについてや、屋久島のホテルでの暮らしについて、セミナーとはどういうものかなどの質問に母が答えていき、FさんやTK係長さんは、セミナーについては、 「そうなんですか。実際はそんなもんなんですね。」と、この事件がいかにでっち上げであるかをよくわかってくださったと思います。

民事裁判では、あの嘘っぱちの陳述書や、脅されている筈のセミナーの録音を沢山だしたと聞いています。
また、Caも脅されていたという日のまさにその時の録画が出てきたと聞いています。
誰がそれを見たり聞いたりしても、YyやらCa(Ca)が言っているようなことはしていませんが、母は一生懸命MASAYAさんのセルフトレーニングについて説明していました。
他には、
Q:屋久島と那須を行ったり来たりするのにお金はどうしていたのですか?
A:私は、厚生年金の遺族年金をもらっており、そこから出してました。
Q:給与はいくらでしたか?あと子供達の食費などはどうされてましたか?
A:8万円です。そして、食費と寮費をそこから出してました。労働時間は5時間です。わりと自由な会社で、好きなことをしています。屋久島のホテルではお客さんがいたりいなかったりするので、いないときは自由にしておりました。
Q:子供達に絶対にしてはいけないと言っていることはありますか?
A:一人で外にでないように、と昔から行ってきました。新潟で学校へ行かなくなってから、自転車で一人よろよろと出かけていたことがあったのできつく叱ってきました。必ず大人と一緒に出歩くようにしていました。あとは、命にかかわるようなことはしないように、と言って来ました。

というようなこと、会社の人数構成を聞かれ、この日の事情聴取を終えました。



第五-47へつづく

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最終更新:12月18日

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