子供たちからの声

このサイトは、紀藤弁護士・HTPのメンバーたちのために、言われもない虐待の疑いをかけられた子供が、
日本中の沢山の人々に真実を伝えるために、立ち上げました。
また、この事件のように法律を利用した事件について考えていくサイトです

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第3-10

【Yy、Caとの出会い】 1 私達のことを「虐待された子供」と大嘘をついて、児童相談所に通告したYy、Caに私はたった1度しか会ったことがありません。私が唯一、Yyたちに会い、話をしたのは平成14年10月にハワイのレコーディングツアーに参加したときだけです。なぜなら、私は一度もセミナーを受けたことがないからです。そんな人たちに、私の何がわかるというのでしょうか。そして、私はこのハワイツアーでYyにとてもひどい目に遭いました。今までは、それが怖くて、ずっと黙ってきましたが、もう我慢ならないので、ここですべてを書こうと思います。私はみんなのいないところで、Yyに怒鳴りつけられ、バシバシと強く引っ叩かれたのですから。それを、虐待というのなら、確かにそのとおりです。

2 ブーちゃんマンや妹1ちゃんが参加したロサンゼルスのツアーでは、そんなこと一切なかったそうです。みんなを牛耳るような輩は一人もいなかったそうです。Yyはいい気になってみんなを支配し、私には手を上げました。それをTOSHIさんやMASAYAさんが強要したというのですか。いいえ、私は断言します。私達子供を罵倒し、暴力を与える人間はYyだということを。これから、その証明として、ハワイツアーで何が起こったのか、詳しく書きたいと思います。

3 ある日の夜のこと、買い物に行っている途中に、「今度、1週間ハワイに行くんだけど、シャーマンちゃんと、Kちゃんはどうする?」とお母さんは、私と弟に聞いてきました。私と弟は、ハワイと聞いて、即座に「「行く!!!」」と言って、ハワイ行きが決まりました。私達は、行くと決まったその時から、行く日までずっと、ハワイの話で盛り上がり、眠れない日が、何日も何日も続きました。出発の日は、いつもより早く起きて、ハムスターに1週間分の餌をあげながら「じゃあね。行ってくるからね。」、「良い子にして待ってるんだよ。」と声をかけて、忘れ物がないかチェックをして、弟と2人で「まだ?早く行こうよ。」とか「ねぇ。まだ?」と言って、ハワイに行くのを楽しみにしていました。「「じゃあ!行ってきまーす!!」」と、お父さんのお位牌と、ハムスターに声をかけて、お昼の12時頃に家を出発しました。電車に乗って博多駅に行き、地下鉄に乗り換えて福岡空港に行き、福岡空港から羽田空港までの飛行機に乗って、福岡を後にしました。羽田空港に着くと、モノレールに乗って、成田空港に向かいました(後から聞いた話では、成田空港の待ち合わせ場所に19:30に集合だったようです。)。モノレール乗り場に向かっている途中、「お母さん、これからどこに行くの?」と私は聞きました。お母さんは、「これからモノレールに乗って、成田空港に行くんだよ。」それを聞いて私は、「ふーん。」と答えました。弟は、モノレールに乗ると聞いて、「えっ!やったぁー!!」と、大喜びでした。成田空港に着いて、集合場所に向かいました。成田空港はとても広くて、弟と、きょろきょろしながら歩いていました。集合場所にはたくさん人がいましたが、今の私の知る限りでは、MASAYAさん、MEちゃん、Toshiさん、Yy、Caと、娘のCちゃん(当時多分4歳ぐらい)が、いました。他にも参加者の人はいたのですが、私はそれ以外の人は名前がわかりません。

4 MASAYAさんとMEちゃんは、飛行機みたいにぐるぐる回して貰って遊んでいて、「ああ、このMASAYAさんとこの子は親子なんだな。」と思いました。お母さんは、MEちゃんを知っていたらしく、「あらー。MEちゃんじゃないの。」と言って、MEちゃんに近づいて行き、MEちゃんも、お母さんに気付いて一緒にMASAYAさんがやっていたように、ぐるぐる回して遊んでいました。弟とMEちゃんは交互に回してもらっていました。私は、その様子を立って見ていました。私は、なんだかお母さんを取られてしまったようで嫌でした。お母さんを取られたとふてくされている私を見てMASAYAさんが、「やってあげようか?」ともう一度聞いてきましたが、私は首を振って断りました。MASAYAさんは「そう?」と言ってMEちゃんと遊び始めました。私は、その様子を床に座ってじっと見ていました。本当は、ああやって遊んで貰えることが、お父さんのいない私は、うらやましくて仕方がなかったのですが、私はすごく人見知りが激しく、緊張してしまったのです。するとMASAYAさんが「あっ。本当はやってほしかったんじゃないの?やってあげるからおいで。」と言われたのですが、それでも私は断ってしまいました。しばらくして、飛行機に乗る時間がきました。MASAYAさんはMEちゃんに別れの挨拶をして、飛行機の乗り場に向かっていきました。MEちゃんと誰かが、私達みんなに手を振っていました。MASAYAさんが、MEちゃんに向かって、「お土産を買ってくるから待っててね。」と言って、飛行機に乗りこみました。

5 私は飛行機の中で、ずっとお母さんに、「早く着かないかなー。いつになったら着くのー。」としつこく聞き続けて、時計を見ては、「まだ何時間もある〜。早く着かないかなー。」と言っていました。私はお母さんに「どんなホテルなのかなぁ?」と聞くと、「ハワイの高級ホテルなんだって。」とお母さんは言っていました。「ヘぇー。そうなんだ!すごーい。楽しみー!!」ホテルに着いたらチェックインをしました。Yyが通訳の担当で英語で話していて、私は「すごいなーこの人。英語がペラペラだぁ。」と思いました。私達のお部屋には2つベッドがあって、ひとつのベッドにお母さんと弟が一緒に寝て、もうひとつの方に私が寝ました。ベッドの横の壁の中にくぼみがあってその中に大きなテレビが置いてありました。ベッドはふかふかしていたのでトランポリンみたいに飛び跳ねて遊びました。

6 ホテルからの景色はすごくきれいで、私達の泊まった部屋は、プールの真正面でプールの奥には青い海が広がっていました。夜になるとプールがライトアップされてとてもきれいでした。私は、すごくきれいな景色だったので、写真を撮ろうとしたら、お母さんが「写真は撮っちゃだめだよ。」と言ったので、「こんなにきれいな景色なのにどうして撮っちゃいけないの?」と聞きました。お母さんは、「Yyさんに「遊びに来てるんじゃないんだから写真は撮るな」って言われたんだよ。」と言っていました。私は「Yyって人は変な人だなぁ。」と思いましたが、私はかまわず写真を1枚撮りました。でも、怒られるといけないので、これで写真を撮るのはやめることにしました。

7 今回、お母さんから聞いた話ですが、Yyは、レコーディングツアーが決まった時から、参加者全員に、「レコーディングツアーと言っても、トレーニングなんだから、遊びの人は参加できません。」と、釘を刺していたから、お母さん達は、Yyに怯えていたそうです。「いつも行動を監視されている感じだった。」とお母さんは言っていました。せっかくのハワイなのに、なぜ写真を撮ってはいけないのでしょうか。この時の写真は、1枚しかありません。ブーちゃんマンがロサンゼルスに行ったときは、写真をいっぱい取って、沢山思い出を残すことが出来た。と聞いたのですが、私にはその自由すら、与えてもらえませんでした。これを虐待といわずして、何が虐待ですか。

8 私はいつのまにかCちゃんと仲良くなっていました。だから、1週間のほとんどを、Ca親子と遊んだり行動を共にしたりしました。私はよく、Cちゃんといっしょにプールで泳ぎました。私は犬掻きをしたりクロールしたりしました。Cちゃんはまだ小さくてプールにそのまま入ったら溺れてしまうし、まだ泳げなかったのですが、浮き輪を持ってきていなかったので、ホテルのショップでピンクの浮き輪を買っていました。さすがハワイのお店なだけあって、Cちゃんにはその浮き輪は大きくて、今にも溺れそうだったので、弟の持ってきた浮き輪を貸してあげました。弟には私の浮き輪を貸しましたが、女の子用のピンクの浮き輪だったので弟はいやがって仕方なく浮き輪なしで泳いでいました。プールの目の前には海があり、そこもホテルの敷地内でしたので、たまには海でも泳ぎました。Caとお母さんとCちゃんと私と弟で、海に行ったときに、「沖のほうまで行ってみよう。」って事になって、私はCaに抱っこしてもらって、Cちゃんと弟はお母さんに抱っこしてもらっていました。大人の人に抱っこしてもらって沖のほうまで泳いで(もしかしたらお母さん達は足がついていたかもしれません。)行きました。そしたら突然Caが手を離したのか、私は海の中に落ちて溺れかかりました。すぐに持ち上げて助けてくれたけど、突然海の中に入ってしまい、慌てて足をばたつかせた時に、岩に当たったり、海水を飲んでしまい、痛かった。Caはどうして手を離したのかな?と今でも疑問です。子供が嫌い、と言っていたそうなんで、わざといじわるしたんでしょうか。もしそうだとしたら、本当にひどすぎます。自分が同じ目に遭ったらどんな思いをするか、考えたこともないのでしょうか。お母さん達がレコーディングの見学に出かけることになったとき、私と弟はCaに預けられていました。私達はプールで遊んだり、お部屋についているテレビを見て過ごしました。Caがレコーディングの見学に出かける時はCちゃんを私のお母さんが預かることになりました。Caに預けられたときみたいにプールで遊んだり、プールの横にあった売店みたいなお店でトロピカルジュースを買って飲んだりしながら過ごしました。ホテルはすごく広くてびっくりしました。ホテルの中に川みたいなものがあって川の中に小さなサメと、エイと、ヒトデがいました。川の周りもすごくきれいで、お母さんと弟と一緒に散歩をしました。ホテルを探検していると、お寿司屋さんがあってビックリしました。お散歩が終わったら、レストランでMASAYAさん達みんなで食事をしました。

9 ある日、どうしてかはわかりませんが、弟が突然泣き出してしまいました。そんな弟の様子を見たMASAYAさんがその場にいたToshiさんに「Toshi、あの子のこと、抱きしめてやりな。」と、そっと伝えていました。泣き続けている弟のところにToshiさんがやってきて弟を抱きしめました。しばらく経つと、弟は泣き止んで、すやすや寝てしまいました。MASAYAさんは「安心して寝ちゃったんだね。よかったね。」とほほえましい光景を見ていました。私も「よかった、よかった。」と見ていたら、MASAYAさんに、「あっ包丁を持ってた女の子だ。」と言われました。私は「?なんでこの人そんなことまで知ってるんだ?。」とびっくりしました。後から知りましたが、お母さんは、私のことや弟のことを心配して、MASAYAさんにいろいろ相談をしていたそうです。それで、MASAYAさんは知っていたみたいです。

10 正直言ってしまうと、私はお母さんがMASAYAさんに夢中になってしまったような気がして、これまでは「お母さんを取った!」と思っていたのであんまりよく思っていませんでした。しかし、この日MASAYAさんに「あっ包丁を持ってた女の子だ。」とはっきりと言われて、逆になんだかMASAYAさんに対して、安心できるようになりました。この気持ちをなんと書けばいいのか、よくわかりません。でも、何とか皆さんにわかっていただけるように頑張ってこの気持ちを伝えます。私はこの頃、「お母さんに包丁をむけてしまった」ということにものすごく罪悪感を抱いていました。そのことばかりが頭をまわってしまっていて、悩み続けていました。「私は本当に悪い子だ。」と自分のことを責め立てて、毎晩毎晩泣いていました。そして、周りの大人達の視線がとても怖かった。私のことを「悪い子だ!」って見ているんじゃないか、とずっと気にしていました。ところが、MASAYAさんは私のことを「包丁を持った子だ」とは言いましたが、そこに「だからダメだ、悪い子だ」と、私を責め立てる気もちだとか、逆に「そんなこと気にしなくていいんだよ。」と、偽善でやさしくしたのではなく、ただ事実を受け入れてくれた、初めての人だった、ということです。私はその一言だけで、すべての重荷が下りたような気持ちに初めてなりました。泣いていた弟も、「泣くな!」と否定したり「どうしたの?」と、うわべの言葉をやさしそうにするのではなく、ただToshiさんが「無言」で抱きしめてくれた。その安心感で、弟は寝てしまったのだと思います。この出来事は、私も弟も、二度と忘れられない体験になりました。弟はこの日からToshiさんの歌が一番大好きになり、佐賀のおじいちゃん家に行ってしまう時もお気に入りのToshiさんのCDを何枚も持って行きました。私は、MASAYAさん、Toshiさんに出会えて、本当によかった。と心から思っています。 11 別の日に、私はお母さんに「静かにしなきゃダメだよ。静かにできないならお留守番だよ。」と言われたので、私は「静かにしてるから行く」と言いました。弟は、「テレビを見て待ってる。」と言っていたので、弟はお留守番で、私はついていきました。お部屋に入ると、Cちゃんもいました。私とCちゃんはソファーに座って静かにしていました。

 Cちゃんは子供用のプラスチックでできたビーズとかいろんなものを持ってきていて、いろいろ見せてくれました。しばらくすると、Cちゃんはビーズの入っていた入れ物を手を滑らせて落としてしまいました。ガチャーン!を大きな音がしてしまい、床一面に散らばってしまったので、Cちゃんと私は「しまった!」と大騒ぎをし、私は拾うのを手伝っていました。大人達のところからは離れたところで遊んでいたのですが、大きな声をCちゃんが出してしまったのを聞いてでしょう、Yyがもの凄い形相で飛んできて、私のむなぐらをつかんで、「遊びに来てるんじゃないんだぞ!!」と怒鳴り、私をソファーの所から引きずり下ろして、床に押し倒し、「バシッバシッ」と叩かれました。ものすごく悲しかったし、ものすごく恐ろしくて、「ああ、やっぱり部屋でお留守番しとけば良かったな」と後悔しました。私はその日からYyのことがすごく怖くなりました。みんなの前ではすごくいい顔をして、私達のような弱い子供の前ではガラリと態度が変わって、ものすごい形相になる、この二重人格性がとても怖かったのです。このことは、いままでお母さんにすら、言えずに来たことです。そんなことを私がお母さんに言った、とYyに知られたら、どんなひどい目に遭うか、怖かったのです。

12 このYyという人のことが大嫌いになった理由。それは、私が一番気にしていた言葉、一番怖い言葉「こんな子供はダメだ!」と、頭ごなしに否定されることでした。それを思いっきり大声で言われ、否定されました。だから、私はものすごく怖くなってしまい、大声で泣いてしまいました。その次の日くらいに、皆で出かけることになり、近くにレンタカーを借りる場所があったので、レンタカーを2台借りていろんな所に行きました。私はあの日以来、Yyがすごく怖かったので「一緒の車になりませんように。」と祈っていたら、一緒の車にはならなかったのでほっとしました。

13 MASAYAさんが夜、海で大人の人と話をしていました。私とCちゃんとKちゃんは退屈だったので、砂浜で山を作ったりして遊びました。海の中でも遊びたかったので、私達は自分のお母さんのところに行って「濡れてもいい?」と聞きに行きました。「いいよ。」という事だったので、服を着たままCちゃんが溺れないように波打ち際でワニ泳ぎとかをして遊びました。しばらくすると、お母さん達が来て、「帰るよ」と言われました。「ずいぶん早かったね。」と言うと「シャーマンちゃん達が海に入っちゃったから早く切り上げたんだよ。」と言っていました。私は部屋に帰るあいだ海でどんな遊びをしたかを話しながら帰りました。きっと、私達が風邪をひいたり、退屈してしまわないよう、気遣ってくれた人がいたんだと思います。でも、それは決してYyではないな、と私は思います。Yyだったら、自分のことばかり考えて、私達のことなんてちっとも考えていない人だし、その上、超裏と表がある二重人間だから、絶対にそうするわけがない、と思います。

14 一時保護所に保護されたあの事件以来、とても仲良くなったブーちゃんマンから、ブーちゃんマンが参加したロサンゼルスツアーでの思い出を聞きました。ツアーの間、MASAYAさんはずっと、ブーちゃんマンや妹1ちゃんのことを最優 先に考えていた。という話を聞いて、私が思ったのは、ハワイに出発する日、MASAYAさんは床にふてぶてしく座っていた私を元気付けるのに、誘ってくれていたんだということ、この日早く切り上げてくれたのは、きっとMASAYAさんがそうしてくれたんだろうな、と今は感じています。

15 日本に帰る日、ハワイの空港で飛行機を待っている間、おみやげを見て回りました。MASAYAさんはフラダンスを踊るときに着る衣装セットを見ていたので、私が不思議そうに見ていると、「これをね、めだかに買っていきたいんだけど、こういうの好きじゃないんだよなー。だけど、ハワイに来たからには、やっぱハワイらしいのを買っていかないとね。」と言って長い間悩んでいましたが、結局買っていきました。私はペガサスとアライグマの人形とカメのイラストがついたTシャツを一枚買いました。お洒落さんな弟もかっこいいTシャツを一枚買っていました。飛行機に乗ると目の前の席にMASAYAさんが座りました。どうもMASAYAさんには飛行機の椅子が小さかったみたいで、「なんだか狭いな。もうちょっと広がらないのかな。」と、つぶやきながらMASAYAさんはきつそうな顔をしていました。動くたびに椅子がギシギシと音を立てていました。私は椅子が壊れるんじゃないかと思い、おもわず笑ってしまいました。私の後ろの席にはCちゃんがいたので、一緒にポテトチップスを食べたり、買った人形で遊んだりしながら、帰りました。

16 このツアー以来、私はYyにもCaにも会っていません。屋久島のホテルで、MASAYAさんのコンサートがあった日、Yyも来ていたらしいのですが、私は全く覚えていません。何度も書きますが、私はこのツアーを本当に楽しみに何日間も待ち、うきうきしながら出かけたはずが、Yyという、支配欲の塊みたいな人間に、怒鳴られたり、引っ叩かれたり、写真を撮るな。と言われたり、怖い思い出ばかりが残ってしまいました。Caにしても、同じです。この事件が起きるまで、私を海に落としたのは「わざとじゃないだろう。」と思っていましたし、私達の面倒をいろいろ見てくれたので、私はお母さんに「Cちゃんのお母さんにプレゼントをしたい!」と頼んで、行きつけのビーズ屋さんに行き、ハートの形をしたビーズのストラップを手作りして、送りました。なのに、こんなひどいことに加担する人だったなんて、信じられません。本当にひどすぎます。どうして、こんな嘘つき軍団に入ってしまったんでしょうか。

第3-11へつづく

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最終更新:12月18日

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