子供たちからの声

このサイトは、紀藤弁護士・HTPのメンバーたちのために、言われもない虐待の疑いをかけられた子供が、
日本中の沢山の人々に真実を伝えるために、立ち上げました。
また、この事件のように法律を利用した事件について考えていくサイトです

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第二

7 平成16年4月7日、私は、株式会社ホームオブハートのオフィスとスタッフの人の寮がある建物(ここからはハイランドと書きます)にいました。私には3歳年上の姉のブーちゃんマンと,11歳年下の妹の妹がいますが、たまたまこの日は、前日から姉だけがホームオブハートの配送センターへ、ぶたママさんのお手伝いをしに行っていました。普段なら私も姉と一緒に行っていたところですが、その日私は「今日は私は行かない。」と言って、ハイランドに、妹(当時1歳)と一緒にいたのです。この日も、いつも通りに一日が終わると思っていました。まさか、こんなとんでもない事件になるなんて・・・夢にも思いませんでした。

8 いつもどおりに朝9時過ぎに起きて、スタッフの人に用意してもらった朝ご飯をお腹いっぱい食べ終わった後、私はMEちゃん(当時8歳)と折り紙をして遊んでいました。妹は、トシオフィスの出山香さん(Toshiさんの奥さん)が打合せに来ていましたので、出山香さんと妹と一緒に遊んでいました。出山香さんはとても子供が大好きな人なのですが、子供がなく、ハイランドに仕事のミーティングに来たときや遊びに来た時は、真っ先に「しじー!」と言って,妹に会いに行きました。まるで、自分の子供のように可愛がってくれて、お土産を沢山持ってきてくれていたから、私も出山香さんが大好きでした。出山香さんはたまにミーティングということでハイランドに来ていました。紀藤やYyに言っておきますが,出山香さんはハイランドになんか住んでいません。人が普段どうやって生活をしているのか,ちっとも知らない癖に変なことを言うもんじゃないと思います。何より、これはここに住んでいる私が言うんだから間違いないです。

9 午後4時頃だったと思います。なんだか1階の玄関から、騒がしい話し声が聞こえてきたので、私達は
「お客さんが来たのかな?」
と思い、私はドアを少し開けて、様子を伺いました。すると!見たこともない黒いスーツを着たおじさんが大勢、スタスタと廊下を歩いてこちらに向かってきます。私とMEちゃんはビックリして、すぐに隣の妹と出山香さんのいる部屋へ急いで逃げ込みました。その途端、ガチャリとドアを開けて、知らないおじさんたちが部屋に入ってきました。一番前を歩いていた、めがねをかけているおじさん(以下、AKさん)は
「県北児童相談所です。」
と言いました。さらに、警察官のおじさんたちまで、大勢入ってきました。

10 私は本当に驚いて、
「何だ?!このおじさんたちは!!勝手にうちの中に入ってきていいのかーー??」
と心の中で叫んでいました。その、「児童相談所」と名乗る、大人達の中の女性2人が、
「ねずみちゃんとMEちゃんと、話をしたい。」
と言ってきました。この人達は、どうして私たちの名前を知っているのだろうと思いながら、私とMEちゃんは怖くてドキドキしながら、その見ず知らずの女性2人と、警察の人2人に連れられて、1階のリビングへ行きました。玄関前の廊下で、スタッフの人と、警察や児童相談所の人達が、なにやら話し合っていたところを抜けて、1階のリビングに入りました。

11 1階のリビングには、私とMEちゃんと、児童相談所の大人達だけでした。とりあえず、輪になって床に座り、児童相談所の女の人の一人、Iさんが自己紹介をしましょうということで、自分達の名前を私たちに言いました。私たちは
「えっと、こっちがねずみちゃんで、こっちがMEちゃんだよね?」
と、聞かれました。私は
「どうして、この人達は私たちの名前を知っているのだろう?」
と疑問に思いながら、
「はい、そうです。」
と、答えました。もう片方の女性はOさんという人でした。

12 Iさんか、Oさんかは忘れてしまいましたが、
「家から出ないの?」
と聞かれ、MEちゃんは
「よく出かけるよ。」
と答えました。私は、どちらかというと、外で遊ぶより、家で絵を描いたり、本を読んだり、お菓子を作ったりすることのほうが好きなので、
「う〜ん、家にいるほうが好き。」
と答えました。それから、
「ご飯はちゃんと食べているの?」
と、聞かれました。
「そりゃ、ちゃんと食べますよ。」
「そうめんなんか大皿いっぱい食べちゃうよね。」
と言う私とMEちゃんの様子を、児童相談所の人たちは、「ふーん、そうなんだ…。」と何やら納得いかないような表情で見つめていました。私は、
「何か、この人たちは変なことを聞いてくる人たちだな。一体何なんだろう。」
と、疑問に思いました。その時、リビングの内線が鳴りました。スタッフの人からの内線なので私は立ち上がって電話に出ました。
「Aさんはいますか?」
と聞かれたので、そういえばさっき玄関にいたな。と思い、呼ぼうとしたところにAさんがちょうど来てくれたので、Aさんに電話を渡しました。その時に、
「へぇ〜電話に出れるんだ。電話に出てもいいの?」
と、児童相談所のOさんが心配したように言うので、私は
「はい。これは、スタッフの人からの内線なので。」
と答えました。この人達は、私のことを電話にも出られないとでも思っているのでしょうか。それとも、仕事の外線電話にも出てる、とでも思っていたのでしょうか。

13 ほかにも、いろいろ聞かれたと思いますが、私はすっかり気が動転してしまい、あまりよく覚えていません。話が終わると、Iさんから、
「それじゃ、もっとねずちゃん達のことを聞きたいから、『児童相談所』という所に行かない?」
と聞かれました。その頃の私は「児童相談所」とはどんな所か、全くわからなかったし「外にマスコミがいるのに出かけたくないし、そんな知らない所には行きたくない!」と思って、私は、
「え?ここでもいいじゃないですか。ここで話しましょうよ。」
と答えましたが、Iさんたちは構わず
「ま、話をいろいろ聞かなきゃならないからね、そう言わずに一緒に行きましょう。」
と、私とMEちゃんに支度をするように促しました。私は
「ここに帰ってこれますよね?」
と心配して聞くと、Oさんが
「大丈夫、帰ってこれるよ。だから行きましょう。」
と言いました。

14 私は全然行きたくなかったけれど、怖くて断りきれず、仕方なく私とMEちゃんは上着を取りに、隣の棟の2階にある私達の子供部屋へ行きました。そこでも、児童相談所のIさんとOさんがついてくるので、掃除をしていなく、物でごちゃごちゃになっていた私達の子供部屋の中を覗かれてしまいました。私達は好き放題におもちゃだの、「チャレンジ」の教材だの、山のように描いた「絵」を部屋中に散らかしていましたから、「あーあ、片づけておけばよかった。」と、私とMEちゃんは、これだけは恥ずかしく思いました。突然家にやってきた、怪しげな大人達のいいなりになって、流されるように支度をする自分が、とても情けなく思いました。後でもっと詳しく書きますが、MEちゃんは,MEちゃんが3歳ぐらいの頃にはじめて会ってから、ずっと私の大切な友達です。MEちゃんと私はまるで兄弟のように、一緒に暮らし、大きくなりました。

15 私は、学校で同じクラスの子にいじめられて傷つきましたが、MEちゃんはそんな子でではありませんでした。すごく、純粋でかわいくて、妹か弟がほしかった私はまるで自分の兄弟のようにMEちゃんを可愛がっていました。MEちゃんも、私のことを一番の友達だと思ってくれたようで、新潟や屋久島の家に帰らなくちゃいけない私に「帰らないで!ずっとここにいて!」と泣いてしまうほどでした。私はそんなMEちゃんが大大大好きでした。私達はクローゼットからコートだけを取り出し、玄関へ向かいました。

16 すると、そこでは、児童相談所の人達に、MEちゃんのお母さんのMEmamaさん(以下、MEmamaさんと書きます)、スタッフのNさん、出山香さんが、
「子供達をどうして連れて行くんですか!!!!」
と、泣きながら叫んでいました。児童相談所の人達は、
「だから!!通告があったからには連れて行かなくてはいけないんです!!」
と、問答無用で、押しのけるように、スタッフの人達に叫んでいました。その様子を目の当たりにした私とMEちゃんは、息を飲んで、その場に立ちすくんでしまいました。私たちが、この人達に連れて行かれるのを、必死で止めようとしているんだ!と、とても嬉しかったのですが、何しろ、真っ黒なスーツの児童相談所から来たというおじさん達と、目を赤く腫らしながら、何とか私達を守ろうと叫んでいるスタッフの人達の様子は、まるで戦争が始まったかのような光景でした。

17 妹はどこだろう、と、周りを見渡すと、怖がる妹を守るように出山香さんが、抱いていました。この戦いは長く続きました。たぶん20分以上、かかったと思います。その間、大人達の光景を見ていた私達はどうしたらいいのかわかりません。私とMEちゃんは怖くて怖くて、そのまま立ち尽くしているしかありませんでした。あまりにも、児童相談所の人達が断固として
「話を聞くだけだから、連れて行きます。」
と言い、しまいにはMEmamaさんや出山香さんに
「これ以上言い続けるのなら、あなたを逮捕することも出来るんですよ。」
と脅すように言いました。仕方なく、スタッフの人達も折れて、私達を連れて行くことを認め、
「必ず子供達を返してください。」
と、児童相談所の人達に言いました。

18 とうとう、私達は児童相談所に連れて行かれる時が、来てしまいました。私達は児童相談所の人に連れられて、外に出ました。外に出た途端、周りからまるで嵐のように、カメラの「パシャパシャ、パシャパシャ!」というシャッター音が聞こえました。眩しいくらいのフラッシュが光っていました。
「うっわぁー、ホントにマスコミがいる!?うそでしょ!?」
そう思った途端、児童相談所の人にコートを頭の上から被せられて、連れて行かれました。テレビで、犯罪者が毛布みたいなものを被せられて連れて行かれるシーンをよく見ますが、まさに私とMEちゃんはそれとまったくおんなじ状態で連れて行かれてしまったのです。私は、連れ出されながら、
「これじゃ犯罪者みたいじゃないか!この人達は私のことを何だと思っているんだ。」
と、顔が真っ赤になり、手をジタバタさせて怒りましたが、私の事を連れ出したOさんも、私の事を撮影したマスコミ達もコートに覆い隠された私の気持ちなんて、欠けらもわからなかっただろうと思います。

19 この、私達が連れて行かれるところの映像が、日本中のテレビに流されたのです。後で聞いた話ですが、この様子を外についていた防犯カメラのモニターで見ていたスタッフの人は、
「信じられない!!こんな理不尽なことがあっていいわけ?!!」
とその場でモニターに向かって泣き叫んだそうです。モニターには、まるで、犯罪者が連れて行かれるように、コートで覆われていた私とMEちゃんが映っていたそうです。そんな、ドラマのような、テレビの中でしか起こりえない出来事が、実際に起こってしまったのです。でも、あれだけマスコミがひっきりなしに撮影している中で、スタッフの人達が飛びだして、私達を取り返しに行くわけにも行かず、何も出来ないまま、スタッフ全員が泣きながら、モニターを見つめていたそうです。

20 小走りでタクシーの所まで来ると、Iさんは妹を抱きかかえ、助手席に乗り込み、私とMEちゃんは、後部座席に伏せた姿勢で座りました。これは、後ろの窓から姿が見られてしまうから、と児童相談所の人に言われました。その上で、Oさんが、自分のコートを手に持って、横の窓を覆いました。このように完全に防備された状態で、車は走り出しました。
「なんで、こんな犯罪者のように連れて行かれなきゃいけないの?そもそも何でこんなにマスコミが来ているの?私、なにも悪いことしてないんだけど・・私達が何をしたというの・・・。」私の心は、不安と疑問でいっぱいでした。しばらく走り続けたところで、「もう身体起こしていいよ。」と、言われたので、私とMEちゃんは顔をあげました。

第三へつづく

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最終更新:12月18日

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